夕暮れ時、営業帰りの常連・森口さんがふらりと入ってきた。ネクタイは曲がり、顔には疲れがにじんでいる。今日も色々あったのだろう。水を出しながら声をかける。
「お疲れさまです。今日も大変だったんですか」
「ええ、またランデブーですよ」
「ランデブー?」
彼はため息をつき、珈琲を一口啜った。
「うちの上司ね、自分の案件でも必ず部下を連れて行くんです。で、客先で怒られそうになると、決まってこっちに振るんですよ。『この件どうなってんの!?』って」
「ああ、いますね。そういう人」
「でしょ。で、まあ、同僚がよく犠牲になるんですが、彼がそれを“ランデブー”と呼んでるんです」
思わず吹き出しそうになった。
「ランデブーって、宇宙船同士のやつですよね」
「そうそう。いきなり呼ばれた部下が、現場で事故案件と正面衝突。もう完全にランデブーですよ」
「うまいですね、その同僚の方」
「でしょう? 今日なんて三回もランデブーさせられましたよ」
彼は一気に珈琲を飲み干した。肩を落としてはいるが、少し笑っている。
「でもま、こうやってネタにしたら、少しはマシな気持ちになるんです」
頷きながら、珈琲が入ったピッチャーを掲げる。
「もう少し燃料を補給していきますか?新商品のドミニカです」
「へえ、気になります」
「味見用に淹れただけなので、お代は結構ですよ」
森口さんの口元が緩む。
「どうも。マスター、いつもありがとね」
「こちらこそ」
二人で笑った。外を見ると夕日が色褪せ始めていた。
ランデブー
