まるしげ喫茶

時計

午後三時の少し前、常連の客がやってきた。スーツ姿で、ネクタイは少し緩んでいる。
「いらっしゃい」
彼は軽く会釈し、いつもの席に腰を下ろした。
「シグリのストレートをホットでください」
「ありがとうございます。承知しました」
豆を挽いてペーパーフィルターの上に置いた。湯を注ぐと豆が膨らみ、湯気と共に香りが広がる。やがて、雫が落ち始めた。静かな店に、音が響き渡っていく。
テーブルにそっと珈琲を置いた。カップを手に取りながら、ありがとうございます、と彼が言った。

しばらくはたわいのない近況話をしていたが、ふと彼が静かになった。
「そういえば、うちの実家に古い掛け時計があるんですよ」
頷いて続きを待つ。
「で、この前帰ったら止まっていたんです」
「古い時計はよく止まりますからね」
彼は少し困ったように笑った。
「いや、まあそうなんですけど、時刻がね。ちょうど午後三時でして。私の父、三年前のちょうど同じ時間に亡くなってるんです」
──ほう。
そのまま、彼が続ける。
「親父が死んでしばらくしてから、時計が壊れまして。で、それを修理に出したんです。でも、しばらくしたら止まるんです。それも決まって、三時きっかりに」
手は止めないが、うんうん、と相槌を打つ。
「今回が四回目でして。普通に考えれば、偶然のはずです。でも、たまに何かに呼ばれているんじゃないか、と思うんですよ」
沈黙が広がる。
「で、その時計はどうしたんですか」
「処分することにしました。なんとなく不吉な気がするので」
彼は珈琲を飲み干し、代金を置きながら立ち上がった。
「ごちそうさま。また来ます」
扉が閉まり、ウィンドチャイムが鳴る。時刻は午後三時を少し過ぎていた。