ある昼下がり。キッチンで茶葉の整頓をしていると、ウィンドチャイムの音が聞こえた。
「いらっしゃいませ」
入口に目をやると若い女性が立っており、目が合った。ゆっくりとこちらへやって来る。
「お好きな席へどうぞ」
彼女は軽く会釈をし、カウンター席の窓側に腰を下ろした。
「アールグレイをお願いします」
店内のごく静かな音楽にさえ、かき消されそうな声だ。
「かしこまりました」
茶葉を丁寧にポットへ落とし、湯を注いだ。やや苦みがかった柑橘系の香りが立ち上る。カウンターの向こうで、彼女は窓の外を見つめている。ときおり視線を落とし、小さくため息をついている。
ポットとカップとソーサー、砂時計をそっと彼女の前に置く。
「どうぞ。砂が落下し終わる頃が飲み頃です。熱いのでお気をつけて」
「ありがとうございます。いい香りですね」
彼女がかすかに笑った。こちらも微笑みを返す。
「ええ、お気に入りなんです。ダージリンベースなので水色の割には香りも味もしっかりとしていますよ」
彼女は小さく頷き、カップを傾けた。しばらく黙り込んでいたが、やがて両手でカップを包みながら、ぽつりと言った。
「会社、辞めようか迷っていて……」
静かに頷く。
「迷うのは疲れますし、決めるのは難しいですよね」
彼女は、何も言わずに俯いている。
「しかし、そういうことも大切だと思います」
目だけ上を向けて、彼女が呟く。
「駄目じゃない、ってことですか?」
「ええ、おそらく」
彼女が手元のカップを傾けた。
「ただ、ずっとこのままかもしれない、そう思うと怖いんです」
「なるほど。では、どうすれば、いいと思いますか」
彼女は言葉を詰まらせた。
「……まだ、わかりません」
「終わりを迎えに行く、というのはいかがでしょうか。人は待っているときに恐怖を感じやすい、といいますので」
彼女はカップを見つめている。
「迎えに、ですか」
「ええ」
「何を、ですか」
「それは、私にもわかりません」
「そうですよね」
そう言うと、彼女は大きく息をついた。
【追伸】
本作品で出てくるアールグレイは、下記リンクのものという想定です。