昼下がり、客足が途絶えた頃に、常連の田村さんがやってきた。
いつものようにご機嫌だ。注文を済ませ、カウンターに腰を下ろす。
「マスター、聞いてくれよ」
「はい、どうされました」
声をひそめて言う。
「ついに、当たったんや」
「……当たった?」
湯を注ぎながら聞き返した。珈琲の香りがふわりと立ち昇る。
「宝くじや」
「それはすごいですね」
ひゅうっと口を鳴らして、田村さんの表情を伺う。
「いや、まだ金額を言うてへんやろ」
指を三本立てて、田村さんは胸を張った。
「三億……?」
「三千や」
「……」
「な?すごいやろ」
笑いを堪えながら頷いた。珈琲は出来上がった。
「確かに、当たらない方が多いですからね。はい、どうぞ。バリ神山のホットです」
「おお、サンキュ。で、くじやけど、これで三回連続当たってるねん。五等、五等、五等」
「三回もですか」
「せや。これはもう一等が来る流れやと思わんか」
「うーん……流れがあるかどうかは、なんとも言えませんが」
田村さんは身を乗り出した。
「マスター。次のジャンボ、買うべきかやめとくべきか、どう思う」
──どう答えても買うくせに。
「どうでしょうねえ。とりあえず、景気づけに当たった三千円でもう一杯飲む、というのはいかがですか」
田村さんは一瞬黙り、それから豪快に笑った。
「ええな、それ!マスター、今日は奢ったるわ」
そう言って一万円札をカウンターに置く。
「これじゃ赤字になりますよ。まるで本当に一等でも当たったみたいですね」
「そのくらい余裕ある方が、幸せやと思わんか」
──たしかに。
田村さんは上機嫌のままコーヒーを啜った。幸運は、こういう顔のもとに集まるものなのかもしれない。
宝くじ
